体験価値の時代に必須の視点「UX」とは何か ー定義・事例・戦略・AI活用で総合的に解説
用語解説

体験価値の時代に必須の視点「UX」とは何か ー定義・事例・戦略・AI活用で総合的に解説

UXとは?

昨今、「UI/UX」という言葉を耳にする機会が増えました。UIについては理解が進んでいる一方で、UXとは何かを正しく理解している人はまだ多くはないかもしれません。

そこで本記事では、UXの概念から始まり、なぜ現代のビジネスにおいてUXが重要なのか、そしてそのUXをどのようにビジネスに活用していくべきかについて、詳しく解説します。
 

UXの意味

まず、UXという言葉の意味について解説します。UXとは「ユーザーエクスペリエンス」の略で、日本語では「顧客体験」や「ユーザー体験」と訳されます。UXにはそれぞれ「線(時間軸)」「タッチポイント」という2つの重要な要素があります。

・時間軸

UXの定義は、国際標準規格(ISO)において以下のように定められています。

「システム,製品,又はサービスの利用前,利用中,及び利用後に生じるユーザの知覚及び反応」

この定義からわかるように、UXはある一瞬を切り取ったものではなく、特定のユーザーがサービスやシステムを認識した瞬間から、利用後の印象や評価に至るまでの長期的な体験の流れを含んでいます。つまりUXは「点」ではなく「線(時間軸)」で捉えるべき概念ということです。

・タッチポイント

また、UXという概念を提唱した人物として知られるドナルド・ノーマン博士とヤコブ・ニールセン博士は、UXを以下のように定義しています。

「『ユーザーエクスペリエンス』には、エンドユーザーと、企業・サービス・製品とのやりとりのあらゆる側面が含まれる。」

この定義が示す通り、UXとは単に商品の使いやすさやデザインといった一部分だけを指すのではなく、企業とユーザー、あるいはステークホルダーとの間に存在するすべての接点(タッチポイント)を指しています。これは、従来の「モノ」を売るビジネスから、「コト」(=体験や価値)を提供するビジネスへの変化を意味します。

 

UXが重視されている理由

UXという言葉が一般的に使われるようになったのは比較的最近のことですが、その背景には、モノの消費からコトの消費へと時代が移り変わってきたことがあります。かつては「製品」そのものが唯一の顧客接点であり、「製品価値」を高めることこそが企業の価値を高めることと同義とされ、それは日本の多くの企業が得意としてきた分野でもありました。

しかし、近年ではそうした価値提供の仕方が通用しにくくなってきているという現実があります。例として、自動車業界を見てみましょう。従来のビジネスモデルでは、自動車メーカーは「車」という製品を販売するという「点」の接点しか持っていませんでした。

しかしその場合、納車された時点でメーカーと顧客の関係は終わってしまいます。年に何台も車を購入する人はごくわずかであるため、顧客との接点は非常に限定的でした。

現代のビジネスにおいては、車という製品はあくまで顧客との接点の一部に過ぎません。企業は車を売るのではなく、車を軸とした一連の「体験」全体を提供することへとシフトしています。つまり、購入前から購入後に至るまでのあらゆる接点を通じてUXを設計し、顧客との長期的な関係性を構築することが重要視されています。

  • 購入前:オウンドメディアでの情報発信、AIチャットによる相談や簡単見積もりなど
  • 購入時:清潔な店内空間、丁寧な接客、Webでの来店予約など
  • 購入後:オーナー専用アプリの配信、24時間対応の専用コンシェルジュ、全国のオーナー専用ラウンジなど

これは、車という「モノ」をただ売るのではなく、車のある暮らしや体験という「コト」を提供しているということです。このようなアプローチにより、メーカーは顧客と継続的な接点を持つことが可能になり、より深くユーザーの声をビジネスに反映できるようになりました。

こうした時代の変化は、IT技術の進化によってもたらされたものです。スマートフォンをはじめとするIoTデバイスの普及によって、人々の生活は常にインターネットとつながるようになりました。それに伴い、企業もまた常にユーザーとつながることが可能になったのです。

 

代表的なUXの定義

さて、ここまでUXの概要と具体例についてご紹介してきましたが、この章ではさらに一歩踏み込んだ内容に進みます。

UXは、これまで多くの専門家や機関によってさまざまな定義がなされてきました。その中でも特に有名な「UX白書」による定義と、情報アーキテクチャの第一人者であるピーター・モービル氏による定義の二つをご紹介いたします。


UX白書による定義(UXの時間軸モデル)

「UX白書」とは、2010年にドイツで開催された、UXの専門家30名によるセミナーの内容を文書化したものです。当時まだ曖昧だったUXという概念を明確に定義しようと試みたものであり、15年が経過した今でも、UXを理解する上で非常に重要な役割を果たしています。そんなUX白書では、UXの特徴として「時間軸の存在」が挙げられています。

具体的には、UXは以下の4つの要素で構成され、それぞれが積み重なることで、総合的なユーザー体験が形成されるという考え方です。

  • 予期的UX
  • 一時的UX
  • エピソード的UX
  • 累積的UX

それでは、それぞれについて見ていきましょう。

・予期的UX

予期的UXとは、サービスやシステムを利用する前の段階における体験です。ユーザーは、まだサービスを使っていない段階で、広告や口コミ、レビュー、SNSなどを通じてそのサービスを知り、利用した場合の体験を頭の中で想像・期待しています。

この段階でユーザーの期待値が形成されるため、企業がこの予期的UXを軽視すると、「使ってみたら思っていたのと違った…」というギャップによる失望を招く可能性があります。

・一時的UX

一時的UXとは、ユーザーが実際にサービスやシステムを利用している最中に感じる体験を指します。たとえば、「このボタン配置は使いやすい」「画面遷移がわかりにくい」といったように、UIや操作性に対する印象がこれに該当します。

予期的UXが「利用前」の体験だとすれば、一時的UXは「利用中」のリアルタイムな体験と言えるでしょう。

・エピソード的UX

エピソード的UXは、ユーザーがサービスを利用したあとに、その体験を振り返って評価するプロセスです。利用中に感じた一時的UXの積み重ねを踏まえて、「目的は達成できたか」「効率的だったか」「満足できたか」といった観点でユーザーが体験を意味づける段階です。

このフェーズでは、ユーザーの記憶に残る体験が、その後の継続利用に大きく影響します。

・累積的UX

累積的UXとは、予期的UXから始まり、複数回の利用を通じて蓄積された体験全体を、ユーザーが長期的に振り返ったときに感じる総合的なUXです。たとえば、あるアプリを数カ月使ってみた後に「使いやすくて便利だった」「サポートが丁寧だった」と感じるようなものです。

この累積的UXこそが、ブランドへの信頼やロイヤルティ、継続利用といった長期的なビジネス成果につながります。

このように、UXとは単なる一瞬の使い心地ではなく、サービスやシステムとの接点を通じた、一貫した時間軸の中で形づくられる体験です。

UXをデザインする際には、「いつ、どの段階で、どのような体験が生まれるか」という時間的視点を持つことが極めて重要です。

ピーターモービル氏による定義(UXのハニカム構造)

UXの「ハニカム構造」とは、UXの第一人者であるピーター・モービル氏によって提唱された、UXの構成要素を視覚的に示すフレームワークです。このハニカム構造を理解することで、UXをより具体的かつ体系的に捉えることが可能になります。

ハニカム構造

ハニカム構造では、優れたUXを提供するために必要な6つの側面が定義されています。これらを満たすことで、ユーザーにとって価値のある(valuable)サービスが実現されるとされています。

1. 役に立つ(Useful)

ユーザーは何らかの目的を持ってサービスやシステムを利用します。その目的を達成し、ユーザーのニーズを的確に満たすことがUX設計における基本となります。

2. 使いやすい(Usable)

仮に目的が達成できたとしても、操作がわかりづらくストレスを感じてしまうようでは、良いUXとは言えません。直感的に操作でき、スムーズに利用できる設計が求められます。

3. 好ましい(Desirable)

UXには視覚的な美しさや情緒的な心地よさも含まれます。魅力的なビジュアルやトーン&マナーは、ユーザーの関心を惹きつけ、行動を促す重要な要素です。

4. 見つけやすい(Findable)

ユーザーが必要な情報や機能にすぐアクセスできることもUXの大切な要素です。情報設計やナビゲーションの工夫に加え、検索性やSEOといった外部からの導線設計も含まれます。

5. アクセスしやすい(Accessible)

いわゆる「アクセシビリティ」です。高齢者や障がい者を含むすべてのユーザーにとって使いやすいことが前提であり、あらゆるユーザーにとって使いやすい設計が求められます。

6. 信頼できる(Credible)

どれほど機能的で魅力的なサービスであっても、その提供元に対する信頼がなければユーザーは安心して使い続けることができません。透明性や一貫性のある情報提供、信頼性のあるブランドイメージがUXにも直結するのです。

以上の6つの観点を満たすことで、サービスはユーザーにとって「価値のある(Valuable)」存在となり、継続的な利用や信頼の獲得へとつながっていきます。

UXのビジネス活用

ではここまで解説したUXをどのようにビジネスに活用したら良いのでしょうか?その指標となるのが、ジェームズ・ギャレット氏が提唱した「UXの5階層モデル」という概念になります。これはUX構造を5つの階層で表現したものです。

  1. 表層:ビジュアルデザイン
  2. 骨格:レイアウト、ナビゲーションデザイン
  3. 構造:情報設計
  4. 要件:要件定義
  5. 戦略:ユーザーのニーズやゴール

これらは上から下にかけて段階的に抽象度が高くなっています。つまり、実際にUXをビジネスに落とし込む際には、まずは最も下層の「戦略」から順番に設計していくことになります。

・戦略

「戦略」フェーズでは、ユーザーのニーズを分析し、どのようなサービスを誰に届けるのかを明確にします。 この戦略の階層は、その後のすべての階層の土台となるため、この段階をどこまで具体化できるかが非常に重要です。

なお、ユーザーニーズの分析手法については、次回以降の記事でご紹介いたしますので、ぜひそちらもご覧いただければと思います。

・要件

続いて「要件」の段階では、戦略で設計したサービスを実現するために必要な機能や条件を定義します。

これらはカスタマージャーニーマップなどを用いて視覚的に整理すると、より明確になります。 カスタマージャーニーマップについても、今後の記事でご紹介する予定です。

・構造

次に「構造」の段階では、これまでに設計した内容を、どのような情報構造でユーザーに提供するかを整理します。

画面一覧を作成し、情報の階層構造や画面遷移などを検討します。 この段階で設計された内容が、UI全体の設計方針となります。

・骨格

次に「骨格」です。この段階では、実際にユーザーが触れるインターフェースの骨組みを設計します。これはワイヤーフレームと呼ばれ、ビジュアルデザインを施す前に、画面のレイアウトや導線を視覚化します。

このワイヤーフレームを使ってユーザーテストを実施し、意図した通りに操作が行われるかを検証する場合もあります。

・表層

最後に「表層」です。これはユーザーが実際に目にするビジュアルデザインの領域です。たとえばフォント、色、文字の大きさなど、これまでに検討してきたユーザー像に対して、どのようなデザインが最も使いやすいかを意識して設計します。


このように、UXという目に見えない概念も、5つの段階に分けて考えることで具体性が見えてきたのではないでしょうか。これら5つの階層はすべて重要な役割を持っていますが、中でも特に重要なのが「戦略」です。 すべての土台となる設計段階のため、ユーザー像の選定から丁寧に議論を重ね、組織全体で合意形成を図っておくことで、その後の作業がスムーズに進みます。

これからのUX

ここまでUXの概念について解説してきました。では、これからのUXはどのように進化していくのでしょうか。近年は、UXリサーチのようにコストと人手がかかる分野でAIを活用し、効率的にUXを向上させる事例が増えています。ここでは代表的な2つの事例をご紹介します。

1. AIを用いた仮想ユーザーインタビュー

AIを仮想的なユーザー(ペルソナ)に見立て、大規模なインタビューを行う取り組みです。実在する人物像を学習したAIが対象者の特徴を再現することで、実際のアンケートに近いインサイトを得ることができます。

従来は多くの時間を要した準備や配信、回答収集といった工程を、AIにより大幅に短縮できる点が強みです。

2. AIによる分析の効率化

これまでのUX改善は、膨大なアンケートやインタビューを人手で分析する必要があり、多大な工数がかかっていました。

しかしAIを活用すれば、アンケート結果やインタビュー動画を短時間で解析し、意思決定に直結するインサイトを抽出できます。これによりリサーチに費やす時間を削減し、新しいアイデア創出や新規ビジネスの発掘といった高付加価値の活動に注力できるようになります。

実際にアツラエでも、生成AIによるインタビュー要点の抽出などが進んでおり、従来より短期間で精度の高いUX改善が実現可能になりつつあります。

まとめ

UXデザインにおいて重要なのは、複数分野の有識者をチームに組み込み、それぞれが連携しながら同じUXを目指して開発を進めることです。

冒頭でご紹介したノーマン博士とニールセン博士によるUXの定義には以下のような続きがあります。

「本当の意味でのユーザーエクスペリエンスとは、単にユーザーの要望をそのまま聞いたり、機能をリスト通りに提供したりすることではありません。質の高いUXを実現するためには、エンジニアリング、マーケティング、グラフィック・インダストリアルデザイン、インターフェースデザインなど、複数の分野のサービスがシームレスに統合されている必要があります。」

この文章から分かる通り、優れたUXを実現するためには異なる専門分野や業務内容を持つメンバーそれぞれがUXに対して一定の理解を持ち、共通のビジョンに向かって進むことが求められます。しかしそれにはチーム全体に方向性を示し、メンバーをまとめる旗振り役の存在が不可欠です。

その解決方法の一つが、UXデザイナーの支援です。UXデザイナーは、ユーザー視点でサービスを検討するための深い知識を持ったプロフェッショナルです。お客様と同じビジョンを共有し、各メンバーに対して俯瞰的な視点からアドバイスを行い、プロジェクトの成功を支援します。

弊社、株式会社アツラエには、そうしたUXデザイナーが多数在籍しています。「UXの重要性は理解したが、それをどのようにサービスへ落とし込めばよいか分からない」といったお悩みに対しても、同じゴールを目指しながら伴走いたします。お気軽にお問い合わせください。

アツラエWEBサイトリンク

 

参考文献:

[1] International Organization for Standardization, “ISO 9241-210:2019 Ergonomics of human-system interaction”, https://www.iso.org/standard/77520.html

[2] Nielsen Norman Group, “The Definition of User Experience (UX)”, https://www.nngroup.com/articles/definition-user-experience/

[3] User Experience White Paper, https://experienceresearchsociety.org/wp-content/uploads/2023/01/UX-WhitePaper.pdf

[4] Peter Morville, “User Experience Design”, https://semanticstudios.com/user_experience_design/

[5] Jesse James Garrett, 『The Elements of User Experience~5段階モデルで考えるUXデザイン』マイナビ出版、2022年